お知らせやイベント、日々の出来事を綴った牧師によるブログ
2019.12.09
先週ライラックチャペル
lilicchapel.kyoukai.jp
で「チャペル終活セミナー」が行われました。
昔ギリシャの詩人が
「死ぬということ。
これは大変なことだ。
しかし何と言うことだろう。
町中の人は皆
自分とは関係のないように
町を歩いている。」と言いました。
現在を生きることで精いっぱいで
自らの死について考えることはあまりないと思います。
特に若い人はまだまだ先のこととしていることでしょう。
しかし突然の肉親や親友の死の報を聞いた時
また不治の病を宣告された時など
死について考え向き合わざるを得なくなります。
ある人は動揺し苦悩し自らの死を恐れ
滅入ってしまう人もいることでしょう。
そもそも人は何故死を恐れるのでしょうか。
死は
①通常苦痛を伴うから
あなたはどのような死に方をしたいですか。
おそらく「楽に」「苦しまずに」「ピンコロで」と答えるでしょう。
私もそうです。
以前教会にいらしてたおばあちゃんは
朝起きたら静かに息を引き取られておられました。
入院することもなく医療器具をつけて延命することもなく
静かに天に召されて行かれました。
葬儀に集われた方々皆は
「〇〇おばあちゃんのような召され方したいね~」と言われていました。
誰も病気で苦しみ苦しみ長期の入院生活を
望む人は少ないと思います。
又不慮の事故で死にたくはありません。
②別離の悲しみ 苦しみ
愛する人 大切な人との別れは淋しいものです。
これはペットも同じです。
もしかしたら人間以上に・・・。
今年の1月と3月に相次いで
私がデンマークに居た時の
ホームステイ先のご夫婦が天に召されました。
本当に仲の良いお二人でご主人が先に
その後すぐに奥さんが亡くなられました。
今 天でお二人仲良く平安の内におられるでしょう。
3年前奥さんの誕生日に何故か
どうしても会わねばならない思いに満たされ
弾丸で行って来ましたがその数か月後に
奥様は倒れてしまいました。
デンマークの教会墓地にご遺体は埋葬されています。
2024年献花のために訪れようと思っています。
私がデンマークに渡り教会で洗礼を受けたのが
1974年であり50年の記念の年になります。
生きていても愛する人と離れなければならないことはとても辛いことです。
ましてや「永遠の別れ」と言いますが
再会の望みがあやふやの別れであれば
それは悲し過ぎることです。
③死後に何が待っているか良くわからない
人間には生得観念というものを持つ存在です。
自らの完全な死を経験した人は誰もいません。
*臨死体験は別
死後に何かあるのではないか・・・。
誰も未知なことに関しては不安にならざるを得ないのです。
これらのことを含めて一緒に考え語り合い
学び合いましょうと言うのが
「チャペル終活セミナー」であるわけです。
人は予めわかっていることに関しては準備をするものです。
あと三週間もするとお正月です。
早いものです。
お正月の準備もしなくてはいけませんね。
来年春に小学校に入学するお子さんは
もうすでにランドセルなど揃えてわくわく
その日を待っているでしょうか。
その日が来ることが確実だからです。
私たちの死もそしてその備えもする必要があると思います。
「葬儀代は大丈夫」「墓も戒名も決まっているから安心」
それは本当の備えではありません。
来年は2月6日(木)①13時~ ②18時~
ライラックチャペルで開催されます。
是非いらしてください。
心から歓迎いたします。